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インタビュー

米原市のガラス工芸作家として自らの道を切り開いた林和浩さんにインタビュー

米原市へ地域おこし協力隊として移住し、ガラス工芸作家として活躍されている林和浩さんにインタビューさせて頂きました。

ガラス工芸作家を目指したきっかけ、林さんが米原市で主催しているイベント「Ibuki Country Fair」について、米原市での生活についてお話を伺いました。

林和浩さんプロフィール

滋賀県栗東市出身。大学で建築を学ぶも自分が思っているものとは違う事に気付き、自分が何をやりたいか探すうちにあるアメリカのガラス作家に出会う。大学卒業後、ガラスを学ぶ為に単身アメリカへ渡り、アメリカのガラス作家さんのもとで3ヶ月修行。地域おこし協力隊として米原市へ移住し、現在日本でガラス工芸作家として活動している。

ガラス工芸に出会ったきっかけ

Q1.ガラス工芸に出会ったきっかけは何だったのですか?
建築関係の大学へ行っていたんですけど、実際自由に設計できる建築家になる人なんてほんの一握りで全体の一割にも満たなかったんです。
えっ、最初は建築家になりたかったのですか?
そうなんです。建築の事を知るにつれて思っていた世界と違うと思うようになりました。建築は好きなんですが、仕事にするのは違うなと思って「自分が本当にやりたい事は何だろう?」と大学へ行きながら他の道を探し始めました。

当時大阪に住んでいて、近所にガラスのギャラリーがあったんです。たまたまフラーッとギャラリーに入ったら、自分のやりたい事はこれだ!と思うようなものに出会いました。

それほど衝撃的なものに出会ったのですか?
はい。そのギャラリーはアメリカのガラス工芸作家であるボブ・スノッドグラスさんのギャラリーでした。凄く綺麗で心に残って、人を感動させるような綺麗なものを作りたいと思うようになりました。

心に残ったガラス作品っていうのがこれなんです。ボブ・スノッドグラスさんはガラスで骸骨を作る人で、特にこの作品は不思議だったんですよね。球体の中に骸骨が入っていて、これが心を動かしたきっかけですね。
一体どうなってるのか不思議ですね。
大学卒業後にガラスをやってみようと本格的に考えるようになって調べたのですが、ガラスを本格的に学べる場所っていうのが日本にあまりないんです。あったとしても美術大学くらいで、カリキュラムの一部にガラス細工があるというくらいでした。

本格的に学ぶにはどうしたらいいかと考えた時に心の中に残っていたのはボブ・スノッドグラスさんのギャラリーで、その人に連絡を取りました。

え、いきなりアメリカのガラス作家さんに?
その方しかつてがなかったですし、知ってるガラス作家さんを他に知らなかったんです。自分が感動した作品を作る人に連絡を取るのが一番早いかなと思いました。

ガラスは全くのド素人で、英語もあまり喋れないし、アメリカへ行った事もないし、そんな状況でガラスを学びたいんだけど何か良い方法はないですか?と。

そしたら、「うちへ来いよ。」と言ってくださったんです。

ええっ!言ってみるものですね。
観光ビザで3ヶ月までだったら、うちに来ていいよと。そこから本格的な修行が始まりました。
弟子入りという事ですよね。
はい。3ヶ月の滞在費と学費込みで40万くらい払いましたね。でも今思うと物凄く破格なんですよ。学校へ1年通うだけでも何百万とかかかるでしょう。毎日朝から晩まで教えてくれたんです。それも学校へ行ってるよりも遥かに濃い内容を教えてくれました。
教えてもらううちに英語もわかるようになったんですか?
最初は中学英語レベルだったんですが、だいたい話せるようになったんです。日常会話では英語は必須なんですが、ガラスを教えてもらう事に関しては英語はあまり必要ありませんでしたね。
見て学べという事ですか?
そうです。見てたらやり方はわかりました。重要な所は辞書を使って教えてくれましたが、8割くらいは見てるだけでわかるような世界でした。3ヶ月間滞在する間に、話している事もスッとわかるようになりました。
環境が人を変えると言いますが、凄い熱意でしたね。
今なら行かないですね(笑)
Q2.帰国してからガラス工芸を生業にしようと思ったのですか?
そうですね。それしかなかったですから。最初の2年くらいはアルバイトをして、夜にガラスの練習をするという生活でした。
Q3.収入面とか芸術家として生きる事に不安はありましたか?
やっぱりこういう仕事ってお金になるまでが大変なんですが、僕の場合は凄く運が良かったというのもあると思います。僕がボブ・スノッドグラスさんから学んだのはバーナーワークという手法で、日本では凄く遅れている技術だったんです。教える先生もいなければ、やっている人も少なくて、材料を買う所すらありませんでした。
普通のガラスの材料とは違うんですか?
ちょっと違うんです。強化耐熱ガラスなんですよね。透明度も高くて衝撃にも強いという特長があります。あと、ゆっくり溶けるので細工しやすいんです。

大阪で1件だけ材料を買える店を見つけて、取引してくれませんか?とお願いしました。何回か通ううちに大学の先生と出会って、その先生は芸術系でバーナーワークをやってる人を探していたそうなんです。そしたらいきなり大学でバーナーワークの講師をやってくれないかとオファーがありました。

それが最初の仕事だったわけですか?
そうなんです。月に1回くらい大学生に教えるという仕事になりました。この後は作った作品を置いてくれる店も増え始めて、普通に就職するくらいの収入は得られるようになってきました。

ガラス工芸作家としての活動

Q4.ガラス工芸作家としてどのような活動をされているのですか?
米原に来る前は、作ったものを販売するというのが主でした。米原に来てからは社会的な活動の方が多くなってきたんですよね。
社会的ですか?
イベントを主催したり、僕は空き家に引っ越して家を直す所からスタートしたので、空き家関係の事で呼ばれたりとか取材が増えました。もちろん米原に来てからもガラスを作って展示や販売を行ったりオーダーメイドで作ったりしてますが、収入はガラスだけじゃなくなりましたね。

色んな所に呼んでもらえるようになって、以前よりもガラス作家として知ってもらえる機会も増えて良かったと思います。しかし、ガラスを作る時間が減ってしまうので集中する時間が密になってダラダラしなくなりました(笑)。逆にそれも良かったと思っています。

実は米原市には地域おこし協力隊として来たんです。でも地域おこしって言っても何をする事が地域おこしなのかわからなかったんですよね。市役所の人に何をするのが一番の地域おこしですか?って聞いた事があるんですよ。そしたら、僕らのように移住してきた人が住み続けてくれるという事と、住まないにしても米原市に人が来てくれる事が地域おこしかなと仰っていました。

馬渕さんって米原生まれですか?

米原です。
僕は滋賀県栗東市の出身なんですが、今まで米原に来た事がなかったんですよね。滋賀県に住んでいても北の方は全然知らなかったんです。子どもの頃も京都や大阪の方へは行きますが、米原の方には全く行きませんでした。
滋賀県でも北の方に住んでいる人は南へ行っても、南の方に住んでいる人はわざわざ北へ行かないんでしょうね。
米原市に住んで凄く良い所だなと思いましたし、それが凄くもったいないなと思いました。僕がイベントを主催した事で、米原へ初めて来ましたっていう人が凄く多かったんです。来てみて初めて米原の良さがわかる事が多いんでしょうね。
そうですよね。良い所はたくさんあるのに米原は情報発信が弱い所だと思っています。

ガラス細工はどのように作るのか?

Q5.ガラス細工って木工や陶芸と違って思い通りの形にするのが凄く難しいように思うのですが、林さんのバーナーワークによるガラス細工はどのように作るのですか?
ガラスは直接触れないですからね。バーナーでガラスを溶かして伸ばして作ります。
凄く精巧な造りで驚いたのですが、設計図なども作られるのですか?

設計図は書きますね。そして頭の中でイメージトレーニングします。バーナーワークは特にそうなんですが、なるべく早く作らないといけないんです。火から離して考え事をして止まってしまうと急激な温度変化で割れてしまうんですよ。なので作業を止めずにスピーディーに作らなくてはいけません。一度頭の中で作ってから実際に火を入れて製作に入ります。
一発勝負みたいですね。
そうそう。作り直しはなかなか難しいんです。
Q6.林さんのガラス細工にコンセプトやテーマはあるのですか?
そうですね。色とか形とか自然がヒントになる事が凄く多いです。例えば鳥を作ろうと思った時に、そのまま作るという事はあまりなくて、色使いや形に自分なりのテイストを加えて作ります。僕が作った作品で驚いてもらうのが好きで、びっくりさせたいんですよ(笑)
Q7.林さんのガラス作品はどこかで買えるのですか?
常時買えるお店とかはなくて、イベントに出店した時くらいですね。実は在庫があまりないんです。ありがたい事に作ったものはだいたい誰かの手に渡っていく事が多くて、売れないものを抱えるという事がなくなってきたんですよね。作ったものは必ず誰かのもとへ届けるという想いで作っています。

でもどこか買える所を作ってくれとよく言われるんです。今後そういう所も作りたいとは思っています。

Q8.ガラスの魅力はどういう所にあると思いますか?
わからない事の方が未だに多いんですよね。終わりがなくて、やってて楽しいという事が好きです。ガラスは割れるので、時間をかけて作っていると完成が近づくにつれてハラハラしてくるんです。ここで割れたらどうしよう!みたいに。なので完成した時の達成感はとても大きいですね。

プロのクラフトマンが集まる「Ibuki Country Fair」

Q9.先程お話にもあった林さんが主催したイベントについて「Ibuki Country Fair」はどういうコンセプトで始まったのですか?
自分の住む町で楽しい事をしたいというのが始まりです。このあたりに作品を販売できるお店がないので、モノ作りをする人たちのマーケットを作りたいという想いがありました。モノ作りをされてる方で販売する場所に困ってらっしゃる方が多いんですよね。フリーマーケットでもなく、マルシェでもなく、モノ作りを生業としているプロのクラフトマンのマーケット、それが Ibuki Country Fair なんです。
今の時代インターネットを通じて Creema とかで個人で売れる場所も増えましたが、イベントだと直接作家さんから購入できるのが魅力ですよね。
そうそう。実は買う人もそういう所を求めている人が多いんですよね。
Q10.イベントを主催して良かったこと、大変だった事は何ですか?
良かった事はイベントを主催すると、自分に帰ってくる事が多いんです。例えばイベントを通じて仕事に繋がったとか、人間関係が豊かになったとか。

大変だった事は、みんなの心を一つにする事が大変でしたね(笑)これだけたくさんの人が関わっているといろんな人がいるので。

Q11.Ibuki Country Fair の名前の由来は何ですか?
アメリカのオレゴン州にガラスの修行へ行った時、そこにも「オレゴンカントリーフェア」というイベントがあったんです。凄く規模が大きいイベントで、モノ作りのプロがブース構えて販売したり、子どもに本を読み聞かせたり、絵を描かせたり。地域を大切にしているイベントなんですよね。そんなイベントが日本にもあったらいいのにな~と思っていたのですが、ないから自分でやろうと思いました。

米原市について

Q12.米原市での生活はどうですか?
凄く快適です。子育てには最高の環境だと思っています。幼稚園も小学校も人数は少ないんですが、凄くアットホームなんです。米原市でもすぐ長浜や彦根へ車で行けますし、特別込み入った田舎でもないですし、住みやすい場所だと思いますね。

冬の雪はそれなりに多いですが、冬が好きなので別に嫌ではないですし、できたらここに住み続けられたらいいなと思います。

困ったことはありますか?
困ったことはあまりないんですよね。ムカデが出たとか、冬は寒いとか、雪が多いとか、僕ら家族は困った事とは思ってないですね。
本日はお忙しいところありがとうございました。

おわりに

ガラス工芸作家の林和浩さんにお話を伺いました。やりたい仕事がないという所から自分でやりたい事を見つけ出し、日本ではなかった事を先陣を切って道を切り開いていくのは相当な熱意だったと思います。そのような生き方は憧れでもあり感銘を受けました。

林さんが主催するイベントも米原市で開催され、米原市も良い所がたくさんあるので是非訪れてみてほしいと思います。

関連サイト

公式サイト:Kazuw glass

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